画廊通信 Vol.254 問う人
榎並さんが「こたえてください」という象徴的なタイトルの作品を発表してから、早くも四半世紀以上の時が流れた。画集によると制作が1997年、次頁には「こたえてください5」という作品も掲載されていて、こちらは2000年の制作となっているから、おそらく数年をかけて連作されたものと思われるが、紛れもなくこの作品こそが、現在私達の知る「榎並和春」という画家の起点であり、原点である。画集には制作年順に作品が並べられているので、画家の辿って来た作風の変遷が良く
分かるのだが、この作品を境にそれ以前と以降とを比較
してみると、大きく変わった事が3点ほど挙げられる。
一つは使用する絵具がそれまでの油彩から、水性の自
製絵具に変わった事。詳しくはアクリル・エマルジョン
を展色剤として、黄土・弁柄・胡粉・金泥といった東西
のあらゆる顔料は元より、それ以外にも砥粉や壁土等々
の通常は「画材」とは言わない材料に到るまで、要する
に「粉」であれば何でもピグメントと見做し絵具として
用いるという、極めて自由な画法を発案するに及んだ。
自ら「混成技法」と称するその画法は、実はそれだけで
はない。それにプラスして、古今東西の有りと有る様々
な端切れをコラージュの材料として用い、アクリル樹脂
の強力な接着力を武器に、布に限らず貼れる物なら何で
も貼ってしまえという、大胆不敵とも言える自由度にま
で画法を拡大した。以上が駆け足になるが、絵具とそれ
に伴う派生技法の、大幅な変化に関しての概要である。
二点目として挙げるべきは、絵画構成が一変した事だ
ろう。80年代後半から90年代半ばにかけて、榎並さ
んの油彩表現は一つの完成されたスタイルに到るが、そ
れは多様なモチーフを重層的に組み上げた、かなり構成
的な作画を特徴とするものであった。それが油彩から混
成技法へと変わるに伴い、絵画構成も文字通り「一変」
する。つまり、とことんまで練り上げたかのような画面
構成を綺麗さっぱりと捨て去り、ほとんど計算の感じら
れない、極めてシンプルな画面へと変貌するのである。
これは「混成技法」という新たな技法から、それまでと
は180度違った斬新な制作手法を、画家が引き出した
事に因るものと思われるが、それに関してはこの場に何
度も記して来たので、ここでは簡単な説明に留めたい。
結論から言えば、榎並さんは設計図を捨てて、構造計算
を已めたのである。言わば徒手空拳で真っさらな画面に
向かい、壁土を塗り込んだり、布地を貼り付けたり、顔
料をぶちまけたり、金泥を掛け流したりという、混成技
法ならではの奔放な作業の中で、そこにゆくりなくも浮
かび上がり出現する何かを待つ、即ち通常には受動的な
「待つ」という行為を、積極的に仕掛ける行為へと転換
し、やがて画面に降り立った何者かを捕え、彼らと共に
手探りで着地点を目指す、これら一連の行程が榎並さん
にとっての「制作」であるのなら、そこに通常の構図や
絵画構成が存在しないのは、至極当然の成り行きと言え
るだろう。こうして画家は混成技法という新たな画法か
ら、「現れるものを待ち、且つ現れたもので表す」とい
う、これもまた全く新しい手法を編み出したのである。
綺麗な山や川もいいけれど、もっと切実な気持ちを表
現できないだろうか。今自分が直接悩んでいる事や疑
問そのものを絵に持ち込んで、ダイレクトに訴える事
はできないだろうか。今を生きるこの気持ちを表現し
なければ絵画などやる意味もない、そう思いました。
「こたえてください」というのは、そういった私の根
源的な動機を表しています。このタイトルを思いつい
た時は震えるくらい興奮しました。問題の解決を提示
するのではなく、答えを求める姿そのものをテーマに
する事。生き様をそのままテーマにする事で、自分の
気持ちを直接、表現できるようになったと思います。
以上は画集に掲載されていた、作家自身の手記からの
抜粋だが、この言葉からも明らかなように、三点目とし
て挙げられる事は「テーマの変化」である。おそらく以
前の制作は、その都度に生じて来た或るテーマを基に、
絵画表現を新たな領域へと推し進めてゆく、概してそん
な姿勢で為されてきたものと思われるが、対して混成技
法に変わって以降は、本人の言葉を借りれば「問題の解
決を提示するのではなく、答えを求める姿そのものをテ
ーマにする」という手法に、大きく指向を転化させた。
思うに「テーマ=主題」とは、自ら設定した「問題」の
謂であるから、必然的に絵画表現はその「答え=解決」
を指向する事になる。榎並さんはそのような「問題の解
決」に縛られた制作を離れて、問題を追うという姿勢そ
のものを放棄したのだと言える。換言すれば、あらゆる
テーマを捨て去る事によって、画家はありのままの自己
に向き合う事を可能にした、即ち最大の問題とは「私自
身」に他ならない事を、榎並さんは長い道程の果てに発
見したのである。これは前述した新たな制作方法が、自
ずから導き出した指向と言えるだろう。つまり「設計図
を持たず、現れる何かを待つ」という制作の場合、そこ
に何が現れるのかは作家自身でも分からないのだから、
そこに何らかのテーマを予め設定する事など、むろん出
来よう筈がない。未知の邂逅を求めてひたすらに待つ、
そんな制作を日々飽く事なく繰り返す中で、いつしかテ
ーマという或る種の桎梏は、画家の内奥からあたかも霧
が晴れるが如くに消え去ったのだと思う。その意味で、
上に「テーマの変化」と記した箇所は、正確には「テー
マの消滅」と言い直すべきだろう。この「主題=問い」
を何処までも追い求めたその果てに、ただ「こたえてく
ださい」と問う自分自身を見出した──という経緯は、
一つのアナロジーとしてだが、全てを徹底して疑い抜く
という「方法的懐疑」の果てに、そこに疑い得ない自分
自身を見出したという、あの有名なデカルトの手記を彷
彿とさせる。ご参考までに「方法序説」からの一節を。
(あらゆる事を疑い抜いた後で)私は次の事に気が付
いた。即ちこのように全てを「偽」と考えようとする
間も、そう考えているこの私は必然的に何者かでなけ
ればならないと。そして「私は考える、故に私は存在
する(我思う、故に我あり)」というこの真理は、懐
疑論者達のどんな途方もない想定といえども、揺るが
し得ないほど堅固で確実なのを認め、これを哲学の第
一原理として受け入れられる、と判断したのである。
という訳で、言うまでもなく両者の共通点は、徹底し
て自らの課題を探求した末に「問う私」或いは「考える
私」という他ならぬ私自身をそこに見出し、その「私」
を自らの出発点に据えた事にある、蛇足ながら。さて、
ここで私達は或る困難な問いにぶつかる事になる、即ち
「こたえてください」という問いは、誰に向けられた問
いなのかと。まず考えられるのは「それは、自分自身に
向けた問いである」という答えだが、これに関してはや
はり画集に記されていた、画家のこんな言葉が参考にな
るだろう──私は何なのか?という問いかけは、複雑に
絡み合った糸を解きほぐすようなものだ。どんどんと下
に降りていって、もうこれ以上行けないという所から眺
めてみると、分かることもある。絵を描くとは、そのた
めの道具だ──如何だろうか。何処までも自分の内面に
入り込んで行って、もうこれ以上は行けないという、最
奥の領域に辿り着いたとしよう。そこから自身を省みた
時に、画家は何かを垣間見たのかも知れない、しかし何
かが見えた事によって、往々にしてまた見えない何かが
生まれてしまう、そんな際限のないループに陥った時、
画家は自分のこれ以上は行けないという地点から、更に
自分に向かって「こたえてください」と問うだろうか。
実際の絵画を見てみると、冒頭に挙げた「こたえてく
ださい」という二つの作品は、画面の中央に描かれた人
物が、両者共に上方を振り仰いで、何かに向かって手を
差し伸べている。おそらくその何かは、彼には見えてい
ない、それでも彼は見えない何かを仰ぎ見て、その何か
に向かって手を差し伸べ、確かにこう問いかけ、呼びか
けている、「こたえてください」と。ならば彼の深遠な
る問いは、自分に向けられたものではない、彼は内省の
果ての暗い奥底から、ひたすらに天を仰いで問い続け、
呼び続ける、おそらくは「私」という狭小な領域の彼方
に在るのだろう、より高くより大きな何者かに向けて。
たぶん人が自らの精神に、何らかの道理や真理を希求
する時、歩むべき道は二つある。即ち、省みるか、仰ぎ
見るか。省みる人は、徹底した内省とそれによる冷徹な
分析で、自己と自己を取り巻く世界の秘密を、論理の限
りを尽くして明らかにする、いわゆる「哲学」の道を歩
む。片や仰ぎ見る人は、鋭い直感と深い瞑想を通して、
より高くより大きな何者かを感知し、それを仰ぎ見て生
きる日々の中に、至高の摂理を見出してゆく、これは狭
義には「信仰」、広義には「宗教」と呼ばれる道であろ
う。両者はその特質を全く異にする事から、古来より相
反する道を歩まざるを得なかったが、一方では互いの共
通点を結合して学理を立て、新たな融合の道を探りゆく
歴史もあった。きっと徹底した内省と究明の果てに、仰
ぎ見る何かに触れた人も、多々在ったのではないだろう
か、所詮「真理を希求する」という意味では、歩む道は
違いながらも、両者は同じ到達点を目指すからである。
閑話休題、榎並さんの長い道程を思う時、榎並さんも
また、そのような「省みる」行為の果てに「仰ぎ見る」
何かを見出した人だと思う。画家の言葉を借りれば「ど
んどんと下に降りていって、もうこれ以上行けないとい
う所」に、正に「仰ぎ見る」何かを、言うなれば「より
高くより大きな何者か」を見出したのだ。榎並さんの言
う「どんどんと下に降りていく」とは、つまりは描く事
に他ならない、画家は抽象的思考を弄ぶような人種では
なく、あくまでも「描く」という実践の中で、感性に触
れる何かを探しゆく者だから。先述の如く、榎並さんに
とっての「描く」という行為が「待つ」事に等しいのな
ら、ひたすらに画面に仕掛け、ひたすらに待ち続ける日
々の中で、或る日そこに降り立つ何者かに、ゆくりなく
も触れ得たのだろう。思わず画家は問う、「こたえてく
ださい」と。しかしそれは答えない、ただただ静かに穏
やかに沈黙している。画家は更に問うだろう、そして決
して返っては来ない答えを、虚しく呼び続けるだろう。
やがて画家は自ずから悟る、問い続ける「私」がここに
在れば、それで良いのだという事を、そして最早その時
に、追い求めるべき答えなど要らないのだという事を。
画集には「こたえてください」という作品の後に、更
に「いのりのかたち」「おおいなるもの」といった作品
が続いている。タイトルを列記しただけで、榎並さんの
目指した所は明白だろう。それが近年は、殊更な宗教性
は影を潜めて、何気ない日々の一齣を描いたような作品
が多くなった。しかしながら暫くも絵の前に立てば、そ
こかしこから画家のあの永遠の問いかけが、微かにも確
かな響きで私達の心に届く。画家は、何気ない日常にこ
そ潜むのだろう「おおいなるもの」に向けて、今日も静
かな祈りと共に問い続けている──こたえてください。
(24.04.11)