オリーブの樹 (2020)    混成技法 / 0F
オリーブの樹 (2020)    混成技法 / 0F

画廊通信 Vol.203             無為の作為

 

 

 春爛漫、穏やかな晴天が続く時節なのに、ぱったりと客足は途絶えたまま、画廊はいつにも増して深閑の様相である。ここの店主は前回の同欄で「それでも暗澹とした世情など物ともせず、敢えて遠方より足を運んでくれる勇者もおられるのだから、そのような真のヴォワイヤン=見者のためにこそ、画廊は開け続けねばならない」なんてうそぶいていたが、実はそんな高邁な大義など持ち合わせちゃいないのだ。画廊を閉めてしまったら立ち所に潰れる、本音はそんなところだろう。ただでさえ、そう頻繁に来客が有る訳ではないのだから、閉めたらどうなるかぐらいは子供でも分かる。あまつさえ、非常事

態宣言が発令されて以降、こうして店を開けている事自

体が、社会悪とも取られかねない風潮である。事実、都

内の画廊は概ね休業状態にあるし、近隣のギャラリーも

当面の休廊となった。それでも店主、予定通りに個展を

決行し、しぶとく開け続ける所存のようだ、自滅に到ら

ない限りは。それで良いのかと云う自問も有る。現況を

考えれば利己的な行為ではないか、この非常時にあって

は他店に見習うべきではないかと。店主は「その通り」

と答える。そして利他的な画廊を思う。地域貢献、新人

支援、文化啓蒙、そんな麗しい利他を謳うギャラリーは

幾らも在った。近況はとんと知らないが、もし現在もな

お活動中だとしたら、この度は真っ先に休業を宣言して

いるに違いない、尊い自己犠牲の証しとして。但し皮肉

な事に、そう云った善意のギャラリーに限って長くは続

かないものだし、もしや続いたにしても、その活動は概

して道楽の域を出ない。世のため人のためは大いに結構

だが、そんな大層な道義など持ち出さずとも、画廊を開

け続けると云う一見利己的な行為が、或る苦難を生きる

人には光を灯す事だって有り得る、そもそも芸術とは、

自らに光明を宿すものだから。所詮、何が利己であり、

何が利他であるのかは、神のみぞ知る所のものならば、

画廊は画廊としての為すべき仕事を、平生の如くに全う

するのみだ。そんな訳でこの男、先に「その通り」と首

肯しつつも、金輪際店を閉めるつもりは無いらしい。さ

て、くだくだしい弁明はその位にして、いい加減本題に

入らなければと、店主そろそろ焦り始めた模様である。

 

 と、ここまで書いたものの、元々容量の乏しい所から

絞り出すもので、脳中に何も無くなってしまい、肝心の

本題を何にしようかと、思いあぐねている始末である。

上記のような自己正当化なら幾らでも出て来るのだが、

美術や芸術と云った難題になると俄に何も出て来なくな

り、鬱々と思い惑うのはいつもの事だ。さて困った、何

か端緒がないものかと、諸所をあれこれ漁っていたら、

ちょうど榎並さんのブログに、右図の新作が掲載されて

いた。それに関してのコメントが面白かったので、早速

ここに抜粋してみたい。以下は4月18日の手記から。

 

 こういう絵なら、幾らでも描けそうに思うでしょう?

 何のテクニックも思想もない気がするでしょう。確か

 に何もないのです。でも実は、そう見えるまでには相

 当な訓練を要するのです。何もないようにあっけらか

 んと描けたら、きっと最高のものが出来るでしょう。

 

 一見して、極めてシンプルな作画である。樹木と建物

(教会だろうか)、そして底辺の大地と背景の青、それ

だけの限られたエレメントが、0号(約18×14cm)と

云う小さな画面一杯に、何の飾り気もなく伸び伸びと描

かれている。確かにこの絵を、もし絵画にあまり関心の

ない人が見たとしたら、ご本人のおっしゃる通り「幾ら

でも描けそうに思う」のかも知れない。或いは、自身も

絵を描くような人の中にも、この作品を前に「何のテク

ニックも思想もないのでは……」と感じる御仁だって、

居ないとも限らない。しかし乍ら「幾らでも描けそうに

思う」事と「幾らでも描けそうに描く」事とは大きく異

なるし、同様に「何のテクニックもない気がする」事と

「何のテクニックもないように描く」事とは、やはりそ

の間に大きな差異が有る、言うまでもない事だけれど。

 

「オリーブの樹」と題されたこの作品には、幾つかの顕

著な特徴が見られる。まずはフォルムの大胆な捉え方。

樹木・教会と云うモチーフを、或るフォルムへと異化す

る過程において、樹木は太い幹のシルエットだけに抽象

化され、教会も同様に最小限の形態に凝縮されている。

この極めてシンプルなフォルムが有って初めて、両者は

小さな画面の中に映えるのだろう。そして、モチーフの

配置による距離感の現出。実際に樹木と教会のどちらが

大きいかは、ここでは問われない。ただ、樹幹を見上げ

るように大きく描き、対照的に教会を小さくその陰に置

く事によって、両者の間に確かな距離が生まれる。それ

は画面の奥行きとなって、見る者の視点をその背後の空

にまで、ごく自然にいざなうだろう。もう一点、これぞ

正に榎並さんならではの作画と言えるのが、画面右下の

断ち落としである。通常は、右辺に接するまで伸ばす筈

の地面を、何故か背景の青を一部引き下げて、その端を

断ち切っているのだ。思うにこの絵は、地面を断ち切る

事なく、型通り下辺一杯に描いたとしても、安定した風

景として成立する筈である。おそらく榎並さんは、この

「安定」こそを嫌ったのだと思う。地面の右端、つまり

は教会の右下を断ち切る事によって、安定していた構図

が微妙に揺らぎ、構造計算に狂いが生じる、しかし、そ

れ故に或る「動き」が喚起され、それまでは静止してい

た樹木にも教会にも、しなやかな生気が漲るのである。

更に言えば、背景の青もまた断ち切られ、右辺はイエロ

ーオーカーの下地が縦長に露出して、コラージュされた

布地のテクスチャーも、そのままに曝け出されている。

これによって絵画は、一種荒削りの即興性を帯びるだろ

う。こうしてこの絵は「幾らでも描けそうに思う」よう

に描かれた「何のテクニックもない気がする」作品とし

て完成するのである。ちなみに、以上の美術的策略が実

際の制作現場において、どこまで作家の意識上で為され

たのかは知らない。きっとご本人に訊ねたら、そんな事

考えもしなかったよ、と言われるかも知れない。しかし

それで良いのだ。画家は、その多くを意識下で為すもの

だし、そこは自らの思考さえ及ばない領域なのだから。

 無為に見せると云う事、つまり作為を見せないと云う

ある種「高度な」手法について、マティスはこのように

語っている。以下は「マティス・画家のノート」から。

 

 私の絵や素描を、表面的にざっと見渡した時、いかに

 も楽々とやっているという印象を受けるでしょうが、

 それを若い画家達はどう解釈するでしょうか。私はい

 つも、自分の努力を包み隠そうと努めて来ました。そ

 してそれが労力を要した事など、誰にも絶対に感づか

 れないような春の軽やかさと陽気さを、私の作品が備

 える事を願って来ました。そこで若い人達が私の作品

 の中に、見かけの自由自在さと無造作なデッサンだけ

 しか見ないで、それを口実に必要な努力を怠るのでは

 ないかと危惧する訳です。努力とは、誰にでも必要と

 される準備作業の事ですが、この時間のかかる辛い仕

 事は制作に不可欠のものです。実際、もし庭園が適切

 な時期に耕されなければ、やがて役に立たなくなるで

 しょう。まずは開花への準備として、自分の土地を耕

 すべきではないでしょうか。芸術家は、土を鋤き起こ

 し土に戻る必要性を、常に忘れてはならないのです。

 

 これは、或る展覧会に際して書かれた手紙で、たぶん

陸続と訪れるだろう若い画家達への、教示・警告と云う

内容になっている。ここでマティスの言っている事は、

先述した榎並さんの言葉を、より詳しく解説したものと

言っても過言ではない。要するに、両者はほぼ同じ言明

をしているのである。私事になるが、マティスと云う芸

術家の良さを、私は長い間分からず仕舞いで居た。それ

が最近、前頁に引いた「画家のノート」を読むに当たっ

て、ヴァンスのロザリオ礼拝堂についての手記が有った

ので、ウェブ上の資料を色々と渉猟してみたところ、そ

の驚くような斬新性を垣間見て、今頃になって開眼した

と云う次第だ。そして芸術における革命とは、急進的な

破壊や声高な煽動によらずとも、極めて平明にして柔ら

かな静穏の中でも成され得る事を、改めて思い知らされ

た気がしたのである。そんな訳でマティスの礼拝堂は、

私の「死ぬまでに本物を見たい作品リスト」に加わる事

になった。ヴァンス礼拝は、いつの日か叶うだろうか。

 

 失礼、そんな戯言はどうでもいいとして、前文で自ら

「土地の鋤き起こし」に喩えていた準備作業とは、つま

りは「素描」の事なのだが、一見如何にも無造作な一本

の線を引くために、マティスは呆れるほどの時間を、素

描による彫琢に費やしたらしい。引用した同じ手紙の中

で「素描による鍛錬は絶対に必要なものです。もし素描

が精神から生ずるものであり、色彩が感覚的な領域のも

のだとするなら、精神を磨くために、また精神の小道を

通して色彩を導き得るために、まずは素描をやるべきで

す」と続けているところを見ると、マティスにとって素

描とは、正に制作の根底を成す行為だったと思われる。

そして榎並さんもまた、素描を欠かさない画家である。

定期的な裸婦デッサンの訓練を、長年に亘って飽かず続

けて来られた事は、ブログを見る方なら誰もが知るもの

だろう。但し、榎並さんの場合はマティスと違って、デ

ッサンが直接タブローへと発展する訳ではない。それは

あくまで、自身のための鍛錬なのである。よって素描が

作品の下図となり、そのまま完成作へと繋がるような事

はないのだが、然り乍ら積年の素描によって培われた、

今や本能的とも言えるだろう単純化は、やはりマティス

と同様に、タブロー制作においての原動力となっている

に違いない。先述した手記の「何もないようにあっけら

かんと描けたら」と云う画家の言葉は、そのような長き

に亘るフォルムとの格闘の果てに有るだろう、目指すべ

き到達点を意味するのだと思う。その地点とは、即ちご

本人言う所の「何のテクニックも思想もない気がする」

絵画に他ならない。気が付くとここまで、私は「テクニ

ック」についてのみを論じて来て、もう一つの主題であ

った「思想」については、触れて来なかった。しかし純

粋視覚芸術における「思想」の無意味は、これまでも折

に触れて記して来た事なので、ここでは繰り返さない。

ただ、その問題に関しても、マティスが正鵠を射る発言

を残しているので、以下は補足まで。──絵をやりたい

んだって? ならば何よりもまず、自分の舌を切り落と

さないといけない。そう決心したからには、絵筆以外の

手段で表現する権利を、君は失ってしまったのだから。

 

 その昔、邯鄲の紀昌は弓の名人を志し、想像を絶する

修行の末に、天下の名人となって帰郷する。ただ、待て

ども弓を手にしない。所以を聞かれて曰く「至高の弓は

射る事なし」、人はこれぞ真の名人と賛嘆し、やがて不

射の奥義は伝説と化す。以降生涯弓を射る事のなかった

名人は、晩年或る折に弓矢を見て、その名前と用途を人

に訪ねたと言う。弓を忘れていたのである。──ご存知

「名人伝」の顛末。この故事に倣えば、我が榎並さんも

また、技術や思想と云う狭い地平からは清々と離れ、遂

には絵筆を忘れ去る事を、夢見ているのかも知れない。

 

                    (20.04.23)